大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)2931号・昭61年(ワ)8650号 判決
一 成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件実用新案権を有すること、実用新案登録請求の範囲は請求原因1記載のとおりであることが認められる(右の事実は原告と被告日章アステツク及び同日章金属との間に争いがない)。
二 原告は、被告らが本件研磨具を使用して本件実用新案権を侵害していると主張するが、本件研磨具で最も問題となるのは、それが本件考案の構成要件の一つである担持体が複数枚の短冊形研磨シート(以下「短冊形シート」という)で覆われている点にあるので、以下被告らが担持体が複数枚の短冊形シートで覆われた研磨具を使用しているか否かを検討する。
なお、被告らのうち被告日章アステツクと同日章金属の関係については、成立に争いのない丙第五号証及び第六号証、証人山下章利(以下、「山下証言」という)及び同堤喜久男(以下、「堤証言」という)の各証言によれば、両社の代表者及び本店所在地は同一で、被告日章金属は同日章アステツクの営業のうち製造研磨部門が昭和五八年二月一七日に独立し、被告日章アステツクの工場をそのまま引継いだものであることが認められるので、研磨装置や研磨具の使用態様といつた事実問題については被告日章アステツクと同日章金属とは一括して観察するのが相当と考えるので、以下では被告日章アステツクに代表せしめて検討する。
1 原告は、その本人尋問において、被告日章アステツクが短冊形シートを使用していることを、訴外三共理化学株式会社従業員の訴外北口某、訴外奥谷敏明、訴外光洋社の代理店訴外安全砥石株式会社従業員訴外芝崎某、訴外株式会社富士商会従業員で氏名不詳の訴外某及び曲げ屋を営む氏名不詳の訴外某らから聞いた、また、被告豊中研磨が短冊形シートを使用していることは、前掲訴外北口某、訴外東洋ステンレス株式会社の元従業員訴外立川某、訴外桜田栄一らから聞いたと供述する。
しかしながら、右原告本人の供述はいずれも第三者の供述内容をその供述内容とするいわゆる伝聞供述であつて、原告本人が直接に被告日章アステツクが短冊形シートを使用している事実を目撃したものではないこと、その第三者の供述内容も抽象的なものないし推測にわたるとみられるものが多く被告日章アステツクが実際に短冊形シートを使用している事実を目撃したものであるかについては疑念が持たれること、その中で比較的詳しい供述をしたとされている訴外奥谷敏明については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第七号証によれば、同人は「被告日章アステツクが細幅のペーパーを使い、短冊状シートを数枚使つて研磨している」旨を原告に話した事実はないと証明していることが認められるので、原告の前記供述はたやすく措信し難い。
2 原告は、被告日章アステツクは昭和五四年九月に現住所に移転するまでは原告の工場の隣りに居り、代表者の訴外杉田章がしばしば出入りしていたので原告の研磨機械装置や研磨具を見聞きして熟知しており、同被告が研磨加工業を行う際には原告のものを真似したものであるから短冊形シートを使用しており、被告豊中研磨は被告日章アステツクから教示を受けて短冊形シートを使用していると主張する。
(一) なる程、前掲丙第五号証、山下及び堤の各証言、原告本人尋問の結果によれば、被告日章アステツクが昭和四七年一二月の設立時から昭和五四年九月に現住所に移転するまで豊中市庄内宝町三丁目五番二九号においてステンレス鋼材の問屋を営んでいたこと、右所在地は原告の工場から一〇メートル位離れた場所であつたこと、当時被告日章アステツクと原告は取引関係があつたこと、被告日章アステツクは移転前の昭和五四年四月から研磨加工業を始めたことが認められる。右事実からすれば、被告日章アステツク代表者が近隣で取引のある原告工場にしばしば出入りしたことは容易に想像できるところではある。
(二) しかしながら、成立に争いのない乙第一号証、丙第一号証及び第二号証、昭和六〇年五月二九日被告豊中研磨伊丹工場及び昭和六〇年七月一九日被告日章アステツク工場における当裁判所の検証の結果、山下及び堤の各証言、証人渡辺宏の証言(以下、「渡辺証言」という)並びに原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。
(1) 研磨部材を被研磨管の内面軸心方向に摺動させて研磨するいわゆる縦研磨の方法は昭和三八年ころから研究、開発されてきたものであること(丙第二号証)
(2) 被告日章アステツク代表者訴外杉田章発明にかかるパイプ内面研磨装置にかかる特許出願が原告の本件考案の出願日より三日前の昭和五三年九月一三日になされていること(丙第一号証)
(3) 原告が縦研磨の研究開発に着手した昭和五二年春ころには、被告豊中研磨においても縦研磨を始めていたこと
(4) 被告豊中研磨代表者訴外上田稔が、その発明にかかる縦研磨装置の特許出願を昭和五四年一二月二八日にしており(乙第一号証)、右発明中には一枚シートの両端をVカツトした研磨シートの形状が開示されていること
(5) 被告豊中研磨は、牛乳精製メーカーのサニタリー管の研磨を原告が研磨業を始める前から行つていたこと
(6) 従前から米国マチソン社製の縦研磨装置がわが国に輸入されていたこと
(7) 被告日章アステツクも被告豊中研磨もともに、一枚シートと短冊形シートを使い比べて研究した結果一枚シートの方が作業が簡便であるとの結論に達したために一枚シートを採用したものであること
(8) 各工場の検証の際には一枚シートを使用した研磨作業が実施されたこと
右事実によれば、被告日章アステツク及び同豊中研磨は従来の公知技術を参酌しながら自己の技術を研究開発していることが認められるのであつて、被告日章アステツク代表者が原告工場にしばしば出入りしたからといつて、そのことをもつて被告日章アステツクが原告の研磨方法や研磨具を真似したものを使用していることの証左とすることはできない。
(三) 原告はまた、被告日章アステツクが原告の機械装置の真似をしている根拠として、被告日章アステツクが原告の機械装置を製作した訴外奥田鉄工所にその機械装置の製作を依頼したこと、同被告が昭和五四年九月に移転するころに訴外嶋崎電機製作所に原告のと同じ研磨装置の操作盤の製作を依頼したが断わつたことを右嶋崎電機製作所の関係者から聞いたことを主張するが、右奥田鉄工所に被告日章アステツクが機械装置の製作を依頼したことを認めるに足る証拠はなく、また、原告本人の訴外嶋崎電機製作所の関係者から聞いたとの供述も伝聞供述であつて措信し難いことから、いずれの事実も認めることができない。
3 原告はまた、被告日章アステツク及び同豊中研磨が使用していると主張する一枚シートは、原告の短冊形シートに比べ次に述べる諸点で不都合で実用不可能であるから被告らが使用している筈がないので、被告らは短冊形シートを使用していると主張するので、検討する。
(一) 原告は、一枚シートでは数十種類ある担持体の大きさに適合する広さにシートを切断し、かつ、その両端にVカツトを入れるのに莫大な労力と時間が必要になると主張する。
しかしながら、堤証言によれば、担持体の円周は担持体のサイズによつて決まつており、長さも同様ほぼ一定しているから、シートはあらかじめまとめて各担持体に適合する幅と長さに切断しておけばよいこと、そして原告本人尋問の結果によれば、市販のシートには一〇ミリ、二〇ミリ、一〇〇ミリ、一一〇ミリ、一五〇ミリ、二〇〇ミリ、三〇〇ミリ、五〇〇ミリの各幅のものがあるところ、堤証言によれば、被告日章アステツクは二〇ミリ、一五〇ミリ、二五〇ミリの各幅のシートを購入しており、渡辺証言によれば、被告豊中研磨では八〇ミリ、一〇〇ミリ、一五〇ミリの各幅のシートを購入していることが認められ、また、右各証言で被告らが購入していると指摘された以外の幅のシートも必要の都度購入し研磨に使用しているであろうことは経験上通常予測されることに加え、前掲の当裁判所の各検証の結果に照らせば、被告日章アステツク及び同豊中研磨においては日常の研磨加工に必要な幅のシートをあらかじめ購入し、担持体の大きさに応じた広さに適宜切断しているものと認められるから、この作業に要する時間と労力が莫大なものとなるものとは認められない。
また、当裁判所の検証の結果及び渡辺証言によれば、両端のVカツトは経験に基づく目分量で切断すればほぼ間違いないこと、したがつてカツト作業はあらかじめまとめてしておくこともできるし、研磨作業の合間にしても仕事が滞ることがないことが認められるので、Vカツト作業に要する時間と労力が莫大なものとなるものとも認められない。原告の前掲主張は採用することができない。
(二) 原告はまた、一枚シートでは管内に挿入したときに皺が生じて研磨効率が低下すると主張するが、当裁判所の検証の結果によれば、一枚シートだからといつて特に不都合が生じるものとは認められない。一枚シートであれ短冊形シートであれ巻装がまずければ皺になることはありうるが、それは一枚シート特有の問題ではない。原告の右主張も採用することができない。
(三) シートの消費量について、原告は、一枚シートの場合一部分が磨耗すればシート全部を取換えねばならないというが、一部のみ磨耗がはげしければ巻装位置を回転させて当接部をかえればシート全体を有効に使用できると考えられるし、シートはその全部が管内面に当接するのであるから、一部分のみの磨耗ということがそれほど多いかどうかも問題である。
また、Vカツトした部分に多くの切捨て部分が生じるという点については、たしかにVカツトすることにより両端においてほぼ二等辺三角形状の小切片が多数生じ廃棄されるのであるが、この部分は両端部を固着するテープ等の下に敷き込まれる部分で研磨の用をなさない部分であつて、これは短冊形シートを隣接させ巻装したときに研磨の用をなさない両端部に生じるシートの重なり合う部分を切除するにほぼ等しく、短冊形シートでは有用とされる部分が一枚シートとした故に無用となるという関係にはないものと考えられる。
してみれば、この小切片においては切捨てられる無駄という点では短冊形に比して原告がいう程の不経済はなく、要するに手間がかかるという点に集約されるものと考えられるのであるが、この点は前述(一)のとおりであるから、原告のこれらの主張は採用できない。
(四) 原告は、一枚シートでは管内面円周方向の研磨効率が悪いと主張するが、短冊形シートと一枚シートにおいて管内面軸心方向と円周方向のそれぞれについてどの程度の研磨効率の差があるのか何ら根拠を示さないし、渡辺証言によれば、被告豊中研磨では研磨時間に応じて適宜パイプを手で回して研磨斑をなくす工夫をしていることが認められることから、右主張も採用することができない。
(五) また、原告は、一枚シートでは一本の研磨に五〇枚のシートが必要で交換作業に時間がかかりすぎると主張するが、一本の研磨に五〇枚のシートが必要との合理的根拠が存在しないこと、渡辺及び堤の各証言によれば、被告らはいずれも一枚シートと短冊形シートを比較検討した結果作業の簡便さは一枚シートの方が優るとの結論に達した故に一枚シートを使用したことは前認定のとおりである。
原告はその尋問において、太い担持体では脇に抱えて巻装するので一枚シートは手間がかかる旨供述するが、そのように大きい担持体にあつては複数枚の短冊形シートをずれることなく隣接させて巻装する手間に比べて一枚シートを巻き付ければ足る手間の方が簡単と思われるし、担持体の大小を問わず、一旦両端を固着したテープをほどいて複数枚の短冊形シートの中から磨耗のはげしいものを取り除いて新しいのを嵌装して再び両端を固着する手間に比べ、一枚シートの巻装位置を回してずらしたり取換える手間の方が簡単と思われ、他に一枚シートよりも短冊形シートの方が交換作業が簡単であると認めるのに足る証拠が存在しないから原告の主張は採用することができない。
(六) 更に、原告は、被告日章アステツクが細幅のシートの使用例として示した丙第三号証(山下証言により昭和五九年八月三一日撮影の被告日章アステツクの研磨具に使用している大、中、小の研磨シートの写真であることが認められる)中の螺旋状シートについて、かようなものは実用不可能で現実に使用しておらず、細幅シートを短冊形に切断して使用していることを隠蔽するものであると主張する。
しかしながら、前掲の被告日章アステツク工場における当裁判所の検証の結果、山下及び堤の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、在職中の堤が被告日章アステツク工場の二号機でこの螺旋状シートを使用していたこと、この分野は原告が技術を有しないこと、その両端をロープに固着する方法や小径の管内面に適切に当接する太さに巻装する方法や磨耗した際の交換方法等につきノウ・ハウを有すると推認できることから、被告日章アステツクにおいて現実に使用していないとか、短冊形シートを使用していることを隠蔽するために作出されたものとは認められないので、原告の主張は採用できない。
4 原告は更に、被告日章アステツク工場及び被告豊中研磨伊丹工場における各検証の際、被告らは現に実施していない実用性の全くない研磨具をあたかも稼動中の研磨具であるかの如く装つたものであるとし、各検証には次の疑問点があると指摘するので、検討する。
(一) 被告日章アステツクの検証について
(1) 原告は、同被告工場では研磨したシートに付着した金属粉の処理をしていない点、研磨を始める際にトリポリ等の潤滑剤を使用していない点が不自然と主張する。
しかしながら、シートに付着した金属粉を金属ブラシで除去したり、研磨を開始するに際して潤滑剤を塗ることは当業者なら常識に属することと考えられ、現に渡辺証言や被告豊中研磨に関する昭和六〇年五月二九日付検証調書三、添付写真<5><6><24>によれば被告豊中研磨では行つているのである。
したがつて、検証時間内に被告日章アステツクが行わなかつたからといつて直ちに不自然とすべきではない。
(2) 原告はまた、巻装ずみ研磨具や細幅シートの予備が少なく、巻装ずみ研磨具は古いものであつたと主張するが、この点も、予備については短時間の検証のためのみということで日常作業の場合と同じようには準備されていなかつたことも考えられるので、直ちに不自然とみるわけには行かない。
(3) 原告は、一枚シートでは担持体の外周に完全に合致するように切断するのが困難だから検証の際にも巻装されたシートに一センチ位の隙間があつたし、この隙間による研磨斑をなくすためのパイプを回転させる装置もなかつたと主張する。
しかしながら、堤証言によれば、シートの隙間がないと「逃げ」がなくなり巻装上具合が悪いので意図的に隙間を設けているものであることが認められ、また被告日章アステツク同様、研磨中のパイプを回転させる装置を有しない被告豊中研磨においては、渡辺証言によれば、適宜手で回すことが認められるのであり、この程度の工夫は被告日章アステツクにおいても当然行いうるものと認められることから、不都合とはいえないと考えられる。
(4) 原告は、螺旋状シートの予備がなかつた点、使用済みのシートがなかつた点、この研磨具の巻装、交換作業の検証を拒絶した点がそれぞれ不自然であるというのであるが、螺旋状研磨具の構造は本件考案の技術的範囲に属しないもので、しかも前認定のとおり被告日章アステツクのノウ・ハウが存在すると推認されることから、同業者でありしかもこの分野について技術を有しない原告に見せることを拒絶するのは相当の理由のあることであるから不自然ということはできないし、検証では原告代理人に対しては作業状況を開示している(検証調書三(五)添付写真<10><11>)ことから不自然ということはできない。
(5) 原告は、検証における被告の態度を非協力的と論難し、それが短冊形シートを使用している事実を隠蔽していることを推認せしめるものというけれど、検証の目的物及び検証によつて明らかにする事項に照らし、被告日章アステツクの採つた態度は原告が主張する如く異様な対応と評することはできないことは右(4)で述べたとおりであるから、この点の主張も採用できない。
(二) 被告豊中研磨の検証について
(1) 原告は、シートの予備の種類や数が少なくて実際の作業状況にしては不自然であるというが、渡辺証言によれば、被告豊中研磨では検証の際の方法で一〇年来営業をやつてきたもので、現実に間に合つていると認められることから、右主張も採用できない。
(2) 原告は、現場の従業員が約一時間でシートを交換すると説明した点を問題にするが、検証調書三(六)では「研磨シートは被研磨管によつて差異があるが、三〇分とか一時間とか使用すれば取換える」との記載があり、原告が全て一時間で取換えるというのは不正確である。また、渡辺証言によれば、三〇分に一回位の割合でシートを交換していることが認められるのである。
(3) 原告は使用済みシートが殆んどなかつたというが、渡辺証言によれば、工場は朝晩掃除しているというのであるから何ら不自然なことはない。
5 原告は、被告らが使用していると主張する一枚シートは原告が研究開発の過程で繰り返し実験した結果実用に耐えないとの結論がでたもので、原告の本件研磨具によらなければ現実の研磨加工は不可能であると主張するのであるが、以上検討したように、一枚シートが実用に耐えないものと認めるに足りる証拠はなく、被告らが一枚シートを使用していないことを認めるに足りる証拠も存在しないのである。
三 以上の次第であるから、被告らが本件研磨具を使用していると認めるに足りる証拠は存在しないから、その余の点について判断するまでもなく原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとする。
〔編註〕本件における実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
(1) 両端にロープ固定用連結部をそなえた基軸の外周に基軸と中心軸を同じくするほぼ紡錐形の担持体をもうけ、この担持体の外周面を、その軸方向にそつて並列され緊縛材によつて両端部が上記担持体の両端部に固定された複数枚の短冊形研磨シートでおおつてなる管用研磨具。
(2) 基軸の両端部に形成したおねじに、担持体の両側からナツトを螺合させ締めつけることにより、担持体を基軸に固定してなる実用新案登録請求の範囲(1)項記載の管用研磨具。
(3) 基軸外周面に形成した多数の突起を担持体にくい込ませることにより、担持体を基軸に固定してなる実用新案登録請求の範囲第(1)項記載の管用研磨具。